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自由の森寮生Life
自由の森学園学生寮の公式ブログです。 日々の出来事や学食のメニューを紹介していきます。 主に、毎週火曜日更新しまーす(^0^)/ (不定期に携帯で更新します!)

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Author:HP製作委員会
自由の森学園生徒寮HP製作委員会が管理するブログです。日々の出来事やその日の学食などを紹介します。
人が増えました。今の所女の子6人、男の子3人、先生1人でやってます。



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最後のHP委員会

こんばんわ、ガマです。

あと5日で閉寮です。コロナウイルスで卒寮式がなくなり、学発がなくなり、卒業式は規模の縮小で合唱も一曲だけ、証書授与もなし、別れの広場もなし、そしてその場に共に日々を創ってきた在校生に立ち会ってもらえることもできません。
でも、とても感謝しています。
私たち生徒の声に最後まで耳を傾け、気持ちを汲み取って、寄り添ってくれた。
私は、ここ2年間、教員たち生徒たちに対して違和感を感じずっとなにかと戦ってきました。
それは、寮生に寄り添ってくれていない感じや、弱い人や居場所のない人たちの受け皿であってほしい寮がその姿勢を感じなかったり、寮だけに限らず対処で解決しようとして、向き合うことを怠っているとか、ものすごくもやもやを感じていました。
でもこの大問題になっている、コロナウイルスのおかげで生徒は、自分事として感情的になり考え、教員や寮監は社会と生徒の間でクッションになってくれ、いろんなものが規制されている中みんなが一つになりおわりをつくろうと必死になってる。わたしは、悲しさ半分、ちょっぴりうれしくもあります。
今日は、卒寮式ができなくなった代わりに、在寮生が頭をひねらせ南寮前でみんなで歌いました。
とっても質素だけど、あの場を設けてくれるだけでほんとうにうれしかったし、これまでにないくらい愛を感じて感謝でいっぱいになりました。
ほんとにありがとう。最高です。

ね、でもいろいろ賛否の意見はあります。
この事態のなかではだれも悪くないのに、このコロナのせいで、対立してしまったり、傷つく人がいることはほんとに悲しい。だってほんとに誰も悪くないのに。。。
その中で行動してくれたマイラブありやちゃんとその周りの人にめちゃくちゃ感謝してます。大好きだよ。



自森生活を通して、すごく大事だなっと思ったことがあります。
それは対話することです。
対話に必要なのは、相手の気持ちを理解しよう、相手の立場になって考えよう、という受け取ろうとする姿勢。だれにでもつたわるような言葉で話す、発信しようとする姿勢。そして、相手のペースに合わせる、対話しようとする姿勢。が、マストだと思います。
私の先輩がこう言ってました。

「対話という行為は、糸を紡いでゆく行為のようだ」

と。何本ものバラバラの糸を一本の糸につむいでゆくには、他人に対しての柔軟さや柔らかい自己主張、常に全体を創る一員としての自覚が必要になる。

そして、そこでもうひとつ大事なことは、「寛容」さだ。自分とフォーカスするものの違いや価値観やものの見方、考え方が人それぞれ”違う”ということを知り、受け入れ、認め合うことが他者と”共存”していくためにはとても大事だと思いました。



人はみんな免疫を持っています。
免疫とは、「自己」と「非自己」を認識し、自分の中に”異物(ウイルス、病原体)”が入ってきたら、攻撃し殺す。だから私たちは、病気で死ぬことなく生きていける。
でも、免疫には「寛容」トレランスという働きもあるらしくて、
反応すべき異物に対して、一度引いて共存関係を探る「寛容」という働きがあり、完全に一律に決められているのではなく、かなりあいまいに動くようにセットされている。ある時は異物に対して容赦ない排除を、またある時は、寛容と共存を選んで、個体を生物生態系に適応させているらしい。こういうあいまいさが生命をしなやかで強靭なものにしている。
飯能駅にあるかえる文庫で「寛容のメッセージ」という免疫学者が書いた本を読んで、寮生活にものすごく共通することがあると思いました。


いまから最後の総括なのでまだまだ書きたいことはあるのですが、ここらへんにします。

6年間ありがとう。自森にこれて、寮で生活することができて、みんなと出会うことができて、本当に幸せでした。
私の原動力は寮でした。寮なしにこの6年間は語れません。
ほんとうにありがとう。愛してます。

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言葉がでてこないので❍







⦿❍〇●


はじめまして、トトといいます。
*
みなさん、、いま、このパソコンルームで自由の森寮生lifeを書いているのは私だけなんです。
(いつもの雰囲気を全く知らないので,,,う~心細い)
あたたかい目で見てください~
*
*
クラスで授業を、寮でミーティングを、みんなが心地良く実りあるものにする、というのはとっても難しいことです。
そこに集まる人たちの気の持ちようでわゎ~んっと変化してしまう。
ただ私、寮のではーティングをして思ったことを、なんとなく部屋の人と話したり、近くにいた人と立ち話したり、気軽にそういう思いをこぼせるのですが、クラスではなかなか出来ないんです。
ふぅ、、。
もっと気を張らずに色んな人と話してみたいなぁと思いながらも、実際には近くにいる人をちらっちらっと見ることしかできないんです。(全然話したことない人がクラスにたーくさんっ)

明日は、何か話せるかなぁ。話したいなぁ~
*

ではでは、そろそろ施錠時間が近づいてきたので帰ります。
こんな感じでいいのかしら,,,わからなーいわぁ~

さようならー



丁寧に、ていねいに。

こんばんは。ガマです。


さっき、「あん」という映画を観ました。
人のあたたかさと、無理解が生み出す悲しさがありました。
なんともいえず、涙がぽろりでした。
いろんな作品を観ると、ため息が出るくらい心のない人間や腐った社会があって、
これが現実かと思うと気が遠くなります。
でもその濁った水面下で生きるひとたちは、水を汚し続ける社会に憎しみを抱くのではなく、
日々を丁寧に大切にゆっくりと呼吸をしているように見えました。
こんな悲惨な作品背景でも、どこかきれいに見えるのは、
作る人の願いや想いがにじみでてるからなんだろうと思います。



私は、いろんなことを急いでしまう癖があります。
濁った水の中をのぞいても、なにが水面下にあるのか気づけないと思うんです。
そこで、私の人生の目標は
目の前のものと丁寧に向き合い、誰かに寄り添い、
ゆっくり焦らず大切に日々を紡いでいけるようにな人になりたいです。
今はなにひとつできていないですが、深呼吸をして生きていこうと思います。





いきなり話は変わりますが、終わりが見えてきました。
私はこの寮で何もできなかったし、何も残せなかった。
ほんとに過渡期の真っただ中で無力でした。
時代のせいにしたくないと心の底から思っていますが、時代が変わってゆくのも確かです。
変わらないものはありません。
でもこの場所には、本当のコミュニケーションと本当の学びがあります。
お互いをすり合わせ、摩擦が生まれ、その熱を感じることができます。
どうかこの場所では、お互いの違いを認め合い、受け入れ、愛することができるところであってほしい。
「寮でくらすということ」とは何かを忘れないでほしい。



「学びの場としての寮、寮とは学びの最高峰である。
生の衝動と自己抑制のバランス。
寮とは他人に対して柔軟にふるまい、柔らかい自己主張を持ち、しなやかさを保ち、
その中に有機的な一貫性を守るという、そういう資質を生み出す共同性の探求。」
遠藤豊

うるっときました

煙草の害について/谷川俊太郎



公園に吸殻を散らかし

家中に灰を落とし

ズボンに焼け焦げをつくり

空気をよごし

ライターに無駄金を使い

爪も歯もきいろく染め

風邪をこじらせ

あげくの果てに肺ガンになり

いいことは何ひとつないのに

世界中の人間が

国境を問わず人種を問わず好むという

人間の人間らしさのおろかな証し……

だが私はとりわけこうした

非衛生的な人類というやつがいとしい



谷川俊太郎いいですよね。味がでてて。うん。こういうとこ好きなんですよね。
なんか許される感じっていうか。
自分が汚物のようにここに存在しているんじゃないかと、ふと、考えるときがあります。結構頻繁にですが。
自分が真ん中にいすぎて周りを取り巻いてるものが見えなくなってるんです。だからすごく怖いんですよ。
批判だとか、はき違えてるだとか、内輪だとか。心無い言葉が飛んでくるんですよ。私はいいんですけど、他の子たちには嫌な思いはさせたくないんですけどね。
自分のやりたいことをつらぬいてギャーギャー騒いでる私みたいなやつは、いつのときもいると思うんですよ。
やり方とか始め方とか、確かに強引で勝手だったかもしれない。
でもできる範囲で、行事と両立させる中で頑張ってるつもりだし、自分のキャパをはるかに超えていきそうなのを必死に捕まえてるんです。
誰彼構わずみんなでやりたい。みんな巻き込みたいと思ってます。
汚物だろうが内輪だろうが、そんなもんでかたずけられないくらいのものにします。35th。


ごあいさつを忘れてました。あけましておめでとうございます。
ガマ改め、ピッコロです。
ペンネームがほしかったのと、小学校の時ピッコロと呼ばれていた時があるので。

今日は、開寮日でした。飯能に向かう電車の中で長期休み明けで、寮に戻るのはこれが最後なんだと。
卒寮式の動画なんかをみて、うるっときました。
あと三か月です。寂しいですがやり残したことがないようにどかん!と痕跡を残していきたいものです。