自由の森寮生Life
自由の森学園学生寮の公式ブログです。 日々の出来事や学食のメニューを紹介していきます。 主に、毎週火曜日更新しまーす(^0^)/ (不定期に携帯で更新します!)

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明日は小雪

 イーです。もうすぐ小雪ですね。学園祭の熱も引き、冷え込んでゆく中、三大行事の一つである音楽祭に向け、学校も寮も再た忙しくなりつつあります。いくつかの有志企画の参加を思考して居ますけど、習い事のほうもありますから、キャパオーバーしないか知ら、と内心では一寸兢々として居ります。習い事だけでなく音楽祭企画係へもその場の衝動で入ってしまったもので、不自由な行動だったか知らと反省しながら、然し悔やんでは居ない手前です。息抜きしつつ、自れを鼓舞する日常です。

 先日公開研究会だったんですが、今回の講演にはあの高橋源一郎さんが来てくれて、「学んじゃいなよ」というThemeで様々面白いことを話してくれました。可愛いというのは根源的な心理であるとか、考えて喋ると馬鹿になるとか、印象付けられたフレーズや小話が多くある中で、最もインパクトを与えてくれたのは、「読まれていると思うと文章は勝手に上手くなる」と云うこと。
 高橋さんは大学教授で、文章を書く講座で教えられて居るとのことでしたが、その授業では添削は一切しないそう。高橋さんがされることは、テーマに沿って生徒が書いて来たものに目を通して、褒めたり、高橋さんが見つけた新たな切り口をぽろっと生徒に溢したりするだけ。生徒はそのあと、全体に向かって書いた文章を自ら読み上げる。その繰り返しだけで、文章力はうなぎ登りなんだそうです。誰かに見られて居る、読まれて居るという他者の視線を感じることが成長に繋がるんですって。そう聞いて納得しました。大抵クラスの日本語の作品集でも、文章の綺麗な人ほど伝えようとする意志を感じます。文章に対して自己表現だけでなく、伝えようとする行為も意識するようになってゆくんでしょうね。
 まあだから今回のHPの文章はいつもよりちゃんと書いています。ここ最近のものは伝えようとする意志のない閉ざされた文章でしたから…その自覚だけはあったのですけど、ね。自己には誠実なものであったけれど、他者には不誠実だったナァと、反省。ただ今までの文はひとえに読んで居る本の影響でしたから、最近多忙によってあまり漱石の本に触れられて居ない状態にあることも関係しているとも思います。あの文体の影響力の凄まじいこと。矢張り過去の日本語から離れられません。フフ。

 今読んで居るのは、江藤淳の「成熟と喪失」と、漱石の「明暗」。もともと前者だけ読むはずが、その作中に三部作の話や明暗への解釈みたような事柄も出てきて、あの文体が恋しくなって読み始めて了いました。蛇足ですけどそういや、高橋さんは漱石に至極詳しい、と講演で仰ってらしたナァ。ともかく、読み始めて居りますが、一体過去の人は、津田の子供子供したような側面があっても、父としての役割を果たして居たのか知ら、という疑問が長らく巡って居ります。日本男児を職業と形容できるなら、過去の日本社会が父性を育てていたことになる。然しそれでは意図せず父性を引き受けさせられて了った戦後の青年と同じいのでは? 過去の社会のコモンセンスに、果たして男性は唯呑まれていただけだったのだろうか? ってね。脳を回せる事柄があるのは好いですけど、囚われ過ぎるのは能いので、そこそこを心がけて居ります。八方美人な性質で、誠実になろうと思えば為れてしまうようです。だが実際のところ虚栄心のもとこの言葉を選んでいるかも知れません。どうかお気をつけて。なんてね。フフ。

 いろいろ書いたなァ。以上。
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